| 【基本体】 |
どのような世界にも理念に基ずく基本がある。弓道でも「射の眼目は、自然の理を動作の上に表現することである。故に自然を無視して射は成り立たない。したがって体の構えも、動作も合理的な運びでなくてはならない」(弓道教本第1巻射を行う態度)と教えている。自然体であること、無駄の無い事を求められているのである。だが、自然体といっても、それは規正され鍛えられた体であり心である。私たちは弓道に適した体と心を日々の練習を通じて練り上げていかなければならない。
弓道では、「基本体」を「基本の姿勢」と「基本の動作」に分け、さらにそれを細分して説明している。私はあるとき道場で先生に「今立つことを練習しています」と話したところ、「私は歩き方を練習しているよ」と即座に返事されたことがあり、恐れ入った事があった。先生にして尚、基本動作に日々心を配り練習しているのである。そのくらい「基本体」とは奥の深いものなのであろう。道の長きを思いながらも嬉しく感じた会話であった。
実際、私たちの体は自然なようでいてずいぶんと不自由になっている。足の大きさ長さは左右で違うし、腕も同様である。立てば腰は曲がり筋肉もあちらこちらが凝っている。これを弓道に適した体に作り直さないといけない。
私は以前腰を故障し左足が不自由になったことがあった。そのとき、治療のためにスポーツジムに通い、水中歩行を繰り返して腰から下の足の痺れを取るよう訓練するとともに、筋トレメニューを作り弱った筋肉を鍛えて体をサポートすることにした。3〜4ヶ月たって左足が動くようになったころ、水泳の先生に誘われて水泳を習いだしたが、水泳の基本はスイムラインと言われる水中姿勢である。水面に伏せたときに、後頭部、肩、お尻が水面に浮かび、力むことなく伸びた体である。スイムラインが出来ていないと、水の抵抗を無駄に受け、手足が伸びず体は沈んでしまう。私は水泳は手足ではなく胴体で泳ぐのだと知った。
この経験は弓道にも大変参考になっている。もし皆さんが立つ姿勢に悩みがあるなら、両腕を頭の上に伸ばしバランスをとりながら爪先立ちで伸びをしてみるといい。腰や背中が曲っていたり、出尻になっていたりすると伸びは上手く出来ない。これを規正し、重心を真直ぐ受けられる伸びの姿勢位置を見つけそのまま足を下ろして踵をつけるのである。重心は頭の天頂、つぼでいう百会から入り、尾骨に抜けているのを感じられると思う。さらに骨盤の位置、仙骨の調整などもあるが、先ずはこの伸びで「胴造り」の第一段階はスタートできる。
スポーツジムの話を続けよう。筋トレを何種類かのマシーンを使ってやるうちに、スタジオでエアロビクスやヨガをやっているのが眼に入ってくる。もともと好奇心があるからいくつか初心者向けのプログラムに出て、ヨガに驚いた。ジムでは一般的なヨガもあったが、私の参加したハリウッドヨガの先生は徹底して体幹を意識し鍛え、最初の頃はたいして動いていないのに腹筋が痛くなるほどであった。私のインナーマッスルへの関心の始まりである。
インナーマッスルは最近注目であるが、体の外側から見ても分るアウターマッスルに比べ、関節の比較的深い部分にある筋肉である。しかし、このインナーマッスルを鍛えることにより、体幹をバランスよく制御できるようになる。腹横筋などは背骨をささえ、腹式呼吸にも関連があると言われている。
弓道でのインナーマッスルの効果はいたるところにある。「胴造り」や「打起し」はインナーマッスルの働きで行うのが良い。また、跪坐や蹲踞の時にはインナーマッスルを意識しながら、顎をひき頭の頂点から糸で引っ張られているように脊椎を伸ばすと、お腹に支えの力が働きだしお尻が軽く浮き、脚に体重をかけることなく姿勢が活きてくる。インナーマッスルが使えるようになると、そのうちに体が内側から引き締まってくるようになる。腕や足腰に余計な緊張が無くなり、体が軽くなったように感じられ、動作が滑らかになってくる。私は道場での練習でも体配で心がけるようにしているが、糸で引っ張られる感じは姿勢を整える良い方法だと思っている。
介添えで蹲踞の姿勢を保たなければならないときには、是非インナーマッスルを働かせていただきたい。足腰を鍛えて頑張る方もいるが、インナーマッスルを意識することで、介添えの姿勢、動作が楽に出来るようになる。お試しいただきたい。
このように、一見弓道とは関係の無いような水泳やヨガであるが、「基本体」に深く関係する要素を発見することが出来たのは幸いであった。もっとも全てのスポーツで真髄は同じだなどと言うつもりはない。使う筋肉も呼吸も違うし、瞬発力を求められるスポーツも多い。それでも、他にもスポーツをされている方はぜひ共通する事や応用できるものがないか考えて見ることをお勧めしたい。新しいスポーツの楽しみを発見できる事と思う。
「基本体」で大切なのは姿勢や動作であるが、心も重要である。心は体に現れるので、「目づかい」や「呼吸(息合い)」を通じて心の制御を「基本体」では教えている。気構えを正し心の在りどころを確認し、意識の発動によって体は動いて行かなければ形だけの動作になってしまう。初心者は形から真似てゆくが、心を使って体を動かすようになったら形からという訳には行かない。
道場で他の人の射を見ていて「気が入っているな」とか「離れで気が抜けてしまった」などというのはよく分る。体配を見ても気の入っていない体配は見苦しいものである。自分の姿もこのように見られているのかと思うと恥ずかしくなるし、それこそ練習で気が抜けないと思うのである。ましてや自分の心は繕うことができないから、真っ先に自分自身が分ってしまうのも弓道の厳しさといえよう。
日常の生活はもちろん道場での練習では特に意識して心の在りようを見るようにし、気を入れて練習する。気を感じ整え動かすのは難しく長い修練が必要である。それには呼吸法の修練が大切だと思っている。生活では意識せず行っている呼吸であるが、弓道では心と体をコントロールする重要なポイントである。私はまだまだ呼吸が下手で意識してやっても上手に出来ないことが多く、ぎこちない呼吸を繰り返している。深い呼吸が静かに出来て気が集まってきたなと思っても、ふっと逃げてしまうことの方が多いのである。何時の日か呼吸が上手に出来るようになって、意識しないでも自然に心と体が調和されてゆくことを目指している。基本体の修練の困難で奥の深いことを痛感する練習の日々である。
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