| 【メンタルトレーニング】 |
メンタルトレーニングへの理解は最近のことで、スポーツの世界ではオリンピックを通じてロシアや東ドイツの選手の活躍によりアメリカやカナダのチームがメンタルトレーニングを取り入れたといわれている。日本では1984年のロサンゼルスオリンピック以降選手やコーチによる個人レベルでの導入が始まりである。最近試合の実況中継などでイアホーンをしている選手を多く見るようになったが、「なんだ、大切な試合の前にたるんでいる。集中しろ。」とは思わないで欲しい。これも重要なメンタルトレーニングの一つで、選手それぞれが緊張を解き競技に集中できる方法を試しているのである。
では、メンタル(心)をトレーニング(鍛える)するというのはどうゆう事なのか。
【心】
心の探求は人間にとって古くからのテーマである。魂や霊魂と同一または呼応するものと考えられ宗教的に把握しようとされたり、行動現象を心の働きによって捉える心理学的理解、近年では脳科学や神経学の発達から心を捉える試みがされている。確かに脳神経による認識や感覚、感情の発生などは心と密接な関係があるといえるが、まだ医学の領域は蓋然的で哲学的アプローチによる理解が必要だと私は考えている。
心に対する様々なアプローチは心も少なからず肉体と同じように捉える事が出来、理解出来る事を明らかにしてきた。脳神経の研究、薬物治療の研究は心の問題に多くの発見をしているが、重要なのは自分自身でコントロールしトレーニングすることが出来るという事である。実は、私たちは心のコントロールをごく自然に行ってる。笑ったり泣いたり怒ったり・・・これら感情はとても自然な心の調整で、意識的に感情を表出すれば心を動かせるという事でもある。笑って過ごせば幸せになるし、何時も怒っていれば怒りっぽい人になる。時にはわざと泣いて(映画や本を読んでもいい)悲しい気持ちを吐き出させたりもする。心はコントロールすることが出来、コントロールの積み重ねがトレーニングにつながっていくのである。
【平常心】
武道では心・技・体の完成を求められ、弓道でも三位一体、身体の安定、心気の安定、弓技の安定が合一して一体となることを修練の眼目としている。では心気の安定(心志の安正)はどうすれば求めることができるのか。よく言われることに平常心がある。試合には平常心で臨めというように、普段の状態の心をさして言いうが、怒りっぽい人や気の弱い人の平常心はこれでいいのかというとそうではないであろう。私は、ニュートラルな心を作るようにと言っている。さらに言えば自然体の心なのだが、喜怒哀楽のどちらかに偏るのではなくニュートラルであれば心は自由で、感情や思考、周囲の状況に支配されることが少なくなる。
たとえば、嬉しい事があると心は嬉しいと感じその感情を表出しようと働く。この時もし怒っていたら嬉しい事を感じるのに怒りの感情は障害になる。怒りながら食事をしても美味しくないのは、怒りが美味しいという感覚にブレーキをかけてしまっているからである。弓道で言うなら、射の不安は練習で培った自信や中てようという気持ちにブレーキをかけてしまう。もちろん、これを乗り越えて中てるということが大事だが、基本は不安を感じないことである。
ではどうすれば不安を感じないようになるのか。これには二つの方法がある。一つは練習によって中る実績、経験を心に記憶させる事、もう一つは中てたいと思わない事である。一つ目は自分に安心感を持つことである。実績に裏付けられた自信は安定した心を作る。「勝ち癖」などもこれにあたり、勝った事、ポジティブな記憶は不安を退けプラス思考の連鎖を作る。では“中てたいと思わない”というのはどうゆうことなのか。実は中てたいという思いは、中らないかもしれないという気持ちを反対側に持っている。この心の振幅が不安を作るのである。だがら“中てたい”とか“上手に引きたい”という思いを捨て、やるべき事を丁寧にやって弓を引くのが不安を生まない技だといえるのである。
【心のキャパシティー】
では中てたいという気持ちは弓道には必要ないのか。よく的にとらわれるなとも教えられるから、中りを望まなかったり、中る喜びを感じないのが良いのであろうか。私はそうは考えていない。逆に最大に欲張って“中てたい”と思う事が大切で、自分が欲張ったときに生まれる心の変化や不安をしっかり見極める事が重要だと考えている。自分の欲や不安を知れば、それを排除する方法を知ることが出来るからである。
私は審査や試合でほとんどあがるということがない。もちろん少し緊張はするが、どきどきしたり不安になったりといった事は感じない。これは私が人前に出ることに慣れていること、やるべき事をやるだけと腹をくくっていること、そして弓を引けることに感謝しているからである。健康で戦争や災害など個人の責任を越えた環境によって生命の危機にさらされているわけでもない。少々失敗したとしてもそれによって命を奪われるわけではない。そう思うと弓を引ける幸せに感謝し、自分のやりたいように伸び伸びと弓を引くことが出来る。
そんな私でも練習での心は何時もぐらぐらしている。仕事や生活の様々なことを引きずりながら射がばらばらになっていることもあり、心の中にざわついたものがあってどうしても取れない時もある。そうゆう時は練習に集中し心を見続けるしかないと自分の未熟さを反省するばかりである。
心気の安定(心志の安正)は大変難しいテーマである。無の境地などを言い「弓道は立禅」という表現をされることもある。だが私たちは人間である。身の回りのことに気を配り、感じ、感動していいと思うし喜怒哀楽を楽しんで良いと思ってい。その結果様々な感情に揉まれるかもしれない。だが、それを受け入れる大きな器を心に用意し、右往左往しながらも翻弄されることがなければ、感情の起伏は些細なことになってゆく。この心のキャパシティーを徐々に育てて行くことがメンタルトレーニングではとても重要であると私は考えている。
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