弓道

弓道を教える

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 【教える】
 教えるということはつくづく難しいことだと感じている。私は、弓道の世界ではまだまだ駆け出しの若造だし、ある範士の言を借りると「60歳はひよっこ」で、「70歳になって脂がのってくる」そうだから、私は卵にもなっていない。国体や全日本の経験もないから、そうゆう経験を聞きたい方には何も教えることは出来ない。だから、ここでお話する【教える】とは私の教えられた経験と、一緒に練習する人たちとの試行錯誤をご紹介することになるがご容赦願いたい。


 よく聞く言い方に「教えることは自分の勉強になる」というのがあるが、私はこの言い方が嫌いである。「自分の勉強になるので教えさせてください」とは言えないのだから、教わる人に失礼な言い方であると思うし、こんな考えで教えられたら、教わるほうは迷惑な話だろう。私はこれまで何かしらを教えて「自分の勉強になった」と言える気持ちになったためしがない。教えようとするといつも自分の未熟さや伝えたいことのわずかしか伝わらない事に悔しい思いをする。教える技術が上手になったからといって弓が上手になるわけでもないとも思う。弓が上手になるのは、自分が一生懸命に心と体を鍛錬し、練習するからであって、教えることとは違う話だ。
 教えるということは、身を削り血を流しながら自分の全てを見せ伝えることで、なまはんかな事で出来ることでは無いと思っている。しかも、教えるということは責任の伴うことで、信じて教わる人に間違ったことを教えてしまったらその人の正しい成長の邪魔をしてしまうし、悪い癖が残ったりしたら取り返しのつかないことである。そう考えると、教えをいただく先生がたには心底頭の下がる思いになる。
 しかし私たちは審査を受け段位をいただき、それを励みに練習もする。段位が上になってきたり、称号をいただいたりすると役割として後輩のお世話をするようになる。それは自然のことであり、教えるのはいやだとか出来ないとは言ってられないのである。そう考えると昇段や昇挌には覚悟が求められるのだと思う。心して受審しなければならない。


 さて、教えるということにも段階があるように思う。中学生や高校生は好奇心のかたまりである。興味をもったことには“なぜだろう”が尽きないし、質問も率直である。なにより結果を求めてくる。だから基本を繰り返し教えることと、その基本がどのような理屈からなりたっているのかを具体的に示して伝えることが大切である。基礎的理論と小さな結果の積み重ねが信頼を作り楽しい練習につながってゆく。基本の練習は時として単調に感じられるかもしれないが、その結果的中が高まるのを知れば、喜びにつながるものである。そうゆう繰り返しを通じて基本の練習が大切であることをしっかり体で覚えることを教えるのが中学高校の時期は大切であろう。彼らの笑顔が励みである。
 大学生になり、学生弓道を経験しだすと、それぞれが工夫しながら仲間と切磋琢磨し勝ち抜いてゆく喜びを見出す。自分の射を見つけようと実に様々な工夫をし楽しくてたまらない、と同時に競技や人間の苦労もする。それでも、この時期は中りへの自信と弓道の楽しみを見つける時期であろう。そうゆう時期を見守り、大きな成長につながるように準備してあげるのが教える側の務めだと考える。
 さて、社会人になってからの弓道はどうであろうか。学生とちがって、弓道経験のあるなしに関わらず相手は大人である。社会経験もあるから、その人なりの考えや癖もある。本来はそういうものを全部捨てて道場に入って欲しいのだがなかなかそうはいかない。そこが社会人に教えるところの難しさであるように思う。


 私の道場では社会人が多く通っていたが、改めて教えるという光景は少なかった。私はよく教えていただいたほうだが、いつもは、先輩の練習を見てひたすら真似をしていた。すると、「おぅ○○の真似をしているな」と声がかかる。そのうちに「背中を使ってみろ」とか「足を締めて」と言われる。見よう見真似でやってみると「出来るじゃないか」とか「ちょっと違うな」とか言われ、先輩どうしで自分達が教えられたときはどうだった、先生にこう教わったということを話している。こちらは、声をかけていただいた点をもっと聞きたいし、これでよかったのかどうか教えて欲しいのだが、禅問答のように投げかけられて、試行錯誤しながらひたすらに弓を引き、謎を解くために先輩を見るという練習がつづく。時には何ヶ月も指摘されたことを考えながら練習する。今にして思うと、見て真似ること、思考することを徹底して教えられたと思っている。


 普通道場で練習している人を見ていると、何を練習しているのかがよく分る。“あぁ、勝手の使い方を練習しているな”とか“重心のかけ方を工夫しているな”といった具合に分るから、求められれば、そのポイントに加えて、全体を整えることを指導するようにしている。しかし、見ていて何を気をつけているのか、どこを練習したいのかが見えてこない人がいる。これは指導している人にも問題があるのだろうと思う。漫然と練習するのではなく、“今日はこれを練習するぞ”と思い定めてその日の練習に取り組めばそれは形となって見えるものである。そういう練習の姿を指導者は後輩に示してほしいと思うし、私自身もそういう練習が出来ているかどうかと反省する。
 口で言っても、人の受け売りで自分がやらなかったり出来なかったりしたら誰も信頼はしてくれない。口で教えるのではなく、見せて教えるのが大切と思う。もっとも、後輩から見たい、参考にしたいと思われる射が出来なければもともこもない話である。


 教えるということは相手のあることで、同じ事を言うのでも、相手の技量を理解していなければならないし、時には時間をおいたり、言葉を変えて伝えることも必要である。だが、何よりも大切なのは、自分の練習を通じて示すことであろう。自らが正しい射を求めて修練する姿を示すことで、弓道を通じて己と闘う姿を見てもらう事。これに尽きるのではないかと思う。自分の練習を見せて教えるということは隠すことの出来ない自分を見せることである。正直な自分を鍛えていかなければ恥ずかしい思いをすることになる。教えるということは本当は命がけのことなのかもしれない。


 【草枕】
 発心と初心  道場  習う  講習会
 教える  教本を読む  審査を受ける  弓を休む
 射法八節  基本体  息合いと間  澄まし
 トレーニング  道具に習う
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