射j法八節は行射の際の、型であり、射位において矢を射る動作の流れを説明したものである。一つ一つの動作は関連しており、息会いによって運行される。『弓道教本第1巻』に準じて紹介し、若干のコメントを加えることとする。尚、『弓道教本第1巻』および、『KYUDO
MANUAL Volume T』から引用転載(藍色)させていただいている。
第六 会(かい)
「会」は形の上では「引分け」の完成された状態をいうが、射手の心理からいえばむしろ無限の「引分け」である。今までの諸段階はこの「会」に到達するために行ってきたもので、精神・身体・弓矢が渾然一体となり、満を持し気迫をたたえ、間断なく天地左右に伸張して(伸合い)発射の機を熟させる頂点で、まさに弓射の極致である。
「会」において重要なことは「詰合い」と「伸合い」である。
(6)Kai-Full Draw
In terms of form, the stage of the full draw (Kai) is the point at which the drawing apart of the bow (Hikiwake) is completed. However, from a psychological view point, rather than being
complete, it should be understood as a condition of endlessly drawing the
bow apart (Hikiwake).
The various stages until now have been done to attain the full draw (Kai) in which the spirit, body, bow and arrow are harmonized as one. In this
unified condition the waiting is maintained until the time ripens to "brim
with the fullness of spirit," ceaselessly expanding to "heaven"
and "earth" and to the left and right (Nobiai) until the opportunity for release arrives. To attain this is without
doubt the perfection of shooting.
In the full draw (Kai) there are two very important conditions, which are called Tsumeai and Nobiai.
「会」は無限の「引分け」で「引分け」の動作の延長にあるが、弓を押し開く動作から伸び合ってゆく動作に運動の方向、質が変わる。「引分け」の終わったところが「会」なのではなく、さらに「伸合い」により「離れ」を生じさせることが「会」である。「会」では「伸合い」「詰合い」が重要である。「伸合い」は気力とともに的に向き合いながらも天地左右に伸びてゆくのが大切で、決して的の方に伸びるだけではない。私は弓道を始めた当初「会で左肩がよく伸びる」といわれ、左肩一つで押し切るというのを得意としていたが、今は的にこだわらずに自分を中心に置いて天地左右に伸びられるよう心がけている。
「伸合い」は無限に伸びるといっても決して伸びきることではない。「会」においてもタメが大切で、離れの瞬間にこれが更なる「伸合い」につながる。私たちの体は自然体の時各関節はニュートラルであり、関節にあそびがある。完全に伸びてしまうと、関節はロックしてしまい力が正しく伝わらなくなる。よく「離れ」で弓が手から落ちる人がいるが、原因は手を緩ませているのでなければ、伸びきったことにより「離れ」の瞬間の更なる「伸合い」の力が弱いのだと思う。弓は「離れ」の瞬間回転することにより弓手の中で保持する支えを無くすから重力により下に落ちようとする。これに対して、「伸合い」により的方向に弓を押す力が加わっていれば、弓が落ちる力が減るのは自明である。離れで弓が落ちる方は「会」で左肩、肘のタメを意識し、左腕をロックせず離れの瞬間にも「伸合う」ことを試してみてはいかがであろうか。
「詰合い」は左右の手・肩と胸を張り詰める「五部の詰」、これに足・腰・腹を加えた「八部の詰」が大切であり、「三重十文字」による安定した姿勢と「五重十文字」の各ポイントの働きが重要になる。「詰合い」は骨法に則った正しい骨の位置と関節の働かせ方であり、正しい「伸合い」を行うためには、「詰合い」が正しく出来ていなければならない。肩関節が正しくなければ、左右に伸びようとしても伸びられないから、矢は失速したり、左右に散ることになる。「詰合い」が骨法に従った正しい骨の位置の納め方だとすると、射法八節の各項目、「胴造り」でも「打起し」でも「詰合い」の意識は必要である。「打起し」や「大三」にも「詰合い」はあり、詰合いながら「引分け」てくると思っているが、「会」において言われるのは特に重要だからということなのであろう。諸先輩の意見を伺いたい。
「会」において大切なことに狙いがある。正しい体の使い方に習熟してくると、矢は的に集まってくる。審査や試合前に練習が集中して来ると、前の矢の筈に次の矢が中ることがよくあるが、これは、体の使い方が安定してきているからである。的の狙いには「半月のねらい」や「満月のねらい」などあり、自分の利き目のことなどもあわせて研究するし、籐何本目などと、矢擦り籐で自分なりの照準を決めている人もいる。私は、狙いに器用ではないので、あまり的を見て狙うという意識が無い。左肩の位置を確認しているだけで、後は、矢の延長線上に矢飛びの軌道を見ている。
「会」は気力の充実の成果がもっとも問われるところでもある。不安や欲を抑え制御しなければ弱い心にすぐさま忍び寄ってくるから、心を澄まし己に立ち向かいながら気力の充実をはかる。「伸合い」は気力の充実にも言えることで、心がおおらかに広がっていかなければ、貧相で姑息な射になってしまう。「会が深い」という言葉がある。動作としては「伸合い」「詰合い」を確実に行ってゆくこと、心理としては自分に押し寄せてくる不安や執着心、雑念と闘いながら練習で培ってきた克己心を現ずることであろう。「会」における「伸合い」「詰合い」を油断無く行う様と己と闘う心の質、時間をかけ丁寧に自分を見ることが、「会の深さ」に通じるのだろうと思っている。
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